Nannan 一覧

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黒かシルバーかで悩む車の色

現在、新車購入のため、ディーラーと商談をしています。
3月は決算期なので、一年でも最も安く車が変える時期ですし、ちょうど車検が3月で切れるということもあったので、買い換えることにしました。

しばらくどのコンパクトカーにしようか悩んでいましたが、マツダのデミオと日産ノートが最終候補になり、私はデザイン性でデミオを推したのですが、家族が後部座席の広さを考えるとノートの方が良いというので、結局車種はノートにすることになりました。
今後、子供ができた時や、両親の介護などが発生した時を考えて、できるだけ後部座席が広い方がいいというのが最終的な理由でした。

車種も決まり、現在は具体的な商談に入っているのですが、未だに決められないのがボディーカラーです。
ここでも意見が分かれていて、シルバー、黒と迷っています。
黒の方が高級感が増すような気がしますし、シルバーはちょっと私の趣味ではないのですが、シルバーより黒は汚れが目立つとか、傷がつきやすいというのです。
確かに、その通りだとは思うのですが、見た目にこだわりたい私としては、やはり黒にしたいという気持ちが強いです。
現在乗っている車も黒でしたが、傷をあまり付けないように毎回手洗い洗車をしてきましたし、それほど問題はないと思うのですが、なかなか受け入れてもらないという状況なのです。

今の車で、以前、鳥に糞をかけられたことがありました。
その際、私はティッシュで擦って吹いたのですが、濡れティッシュではなかったために、ボディーに細かい傷がついてしまったのです。
新車で買って間もない頃だったので、こっぴどく嫌みを言われたのを覚えています。
ただ、それ以降は丁寧に車を扱ってきましたし、黒でも何の問題もなかったので、今回は折れずになんとか自分の意見を貫きたいと思っています。
今週末に、最終的な判断をすることになっています。
ディーラー担当者の方が、割と私と気が合う人なので、ちょっとフォローを入れてもらいながら、なんとか説得して黒に決めるつもりです。
と言いながら、押されそうな気もするのですが、車種は譲歩したので、カラーは譲歩してもらいたいです。


中学生時代からの車とのお別れ

今回廃車となったのは13歳のころに母親が購入した車です。車種は三菱のミニカです。
私は学生時代のころに、サッカーのクラブチームに所属していて、母親に毎日この車の後部座席に乗せてもらい、送り迎えをしてもらいました。

大人になって、休日の移動手段として、貸してもらうことも出てきました。
しかし、昨年、この車に乗っている際に、車との衝突事故を起こしてしまいました。

私が、対向車線側にある、ガソリンスタンドに入ろうとしたところ、対向車線から1台車が来ていることに気づかず、私の車の左前部分と、相手の方の右後ろ部分が衝突してしまいました。
自分も相手の方も、怪我はなかったものの、車は破損し、かろうじて動く状態でした。
事故当時は雨が降っていて、夜だったので、細かな車の損傷状態は分からず、動いていたので修理費用が少しかかる程度だと思っていました。
しかし、修理工場にもっていったところ、車の骨格部分が曲がっているということで、修理費用に50万以上かかるといわれました。
初年度登録から、かなり年数が経っていて、走行距離も10万キロを超えていたので、保険会社からの保険もほとんど降りず、これでは新しい車を購入したほうが良いと考え、廃車にすることにしました。
車屋さんからは、新しい車を購入することを条件に、こちらの車を3万で買い取ってもらいました。
長い間、自分の成長を見てくれていた車とのお別れが、このような形で来てしまうことはとても残念でした。


賃貸物件の空き部屋探しと物件確認は私の毎日の習慣

私は堺市で賃貸物件の空き部屋探しを、毎日のようにしています。私が今借りているマンションの更新が、春に行われるためです。
どうしてそのマンションから出ようかと考えたかと言うと、近隣にコインパーキングができたためです。マンションの敷地横にずっと何もない空き地がありました。もちろんその場所への車の出入りなどもなかったため、子供を連れて安心して歩くことができました。
そのため、マンションへので入りに何も不安はありませんでした。ですがコインパーキングができたため、車の出入りが多くなり、子供を連れてマンションの前の道を歩くことが、危険に感じられることが多くなったためです。
子供が小学校に入学しているため、できるだけ小学校の学区内で移動できる場所を探しています。人気の地区のためか、なかなかいい空き物件を見つけることができません。

いいなと思って、地図をよく見てみると、地下に貨物線が通っている場所の真上であったり、大きな幹線道路の下にあるような場所であったり。
なかなかここぞと思う場所がありません。その上住んでいたマンションの近くにはコンビニが数件あり、病院もあり、スーパーや駅なども近かくにありました。私はそれらの場所に自転車でいければ、構わないと思っています。ですが、主人は違います。
そのような利便性の高い場所に一度住んでしまったため、主人は駅からあまり遠く歩くのは嫌だと言うようになってしまいました。今より住環境の利便性を下げた場所での引越しは、考えられないようです。
私にとっても確かに利便性も大切ですが、子供が安心して小学校に通える場所に住みたいのです。子供は小学校を変わりたくないといいます。それはもちろんの気持ちです。そんな完璧な場所を見つけることは本当に難しく、私は毎日のように賃貸の件ネットサーフィンしています。
実際小学校の学区内を自転車で走らせ、ネットで見た物件を確認しに行ったりもしています。そんな毎日が私の習慣になりつつあります。


私が痩せて自信をもてるようになったきっかけ

10年ほど前に私は体重が68キロありました。身長が162cmなのでかなり太っていたと思います。仕事も入社したてで分からない事ばかりで少し憂鬱になっていました。

ある日仕事から帰ると、母が小さな黒いイヌを抱いていました。母は中学校で教師をしていまして、学校の近くに捨てられていたとのことです。かわいそうだからうちで飼うことになりました。名前は黒いから「クロ」と名づけました。もともとイヌが大好きだったので散歩の係は私が引き受けました。

それから仕事前と帰宅後に毎日クロの散歩をしました。まだ小さいけどクロは散歩へ行くとすごくはしゃいでいました。私は太っていてろくに運動もしたことがありません。クロと散歩へいくと、いつも私のほうがハアハア息切れしていました。しかし2ヶ月が過ぎた頃、散歩へ行っても以前より体が疲れなくなっていることに気づきました。体重も3キロ落ちていました。マイナス思考な私は仕事でミスをすると寝るまで気持ちが落ち込んでいましたが、クロと散歩へ行くと落ち込んだ気持ちもどこかスゥーっと消えていきました。暗い気持ちも消えるし、自分のコンプレックスだった体重も減っていったのでクロとの散歩は楽しかったです。

靴や服も散歩しやすいように、はじめてランニングシューズとランニングウェアを購入しました。すごく軽くて通気性もよく、デザインも昔とは違いオシャレですごくかわいいので走ることが楽しくなりました。半年をすぎたころには散歩をしてなかったころより体重が8キロ落ちていました。体もすっかり軽くなり、なにより朝散歩へ行くと眠気がさめるので、シャキっとした気持ちで仕事へ行けました。

走ることが嫌じゃなくなった私は、もっと体重を落としてかわいい洋服を着てみたいと思い、休日もジョギングをするようになりました。あれから10年、体重は16キロ落ちました。以前はどうせ私は太ってるから・・・と自分の容姿あきらめていつも家にふさぎこんでいました。痩せてからは友達と遊びに行く機会が増えました。オシャレにも興味がわくようにもなれました。クロのおかげで運動や美容に興味をもてるようになりました。こんな私でも以前より少しは女性らしくなれたと思います。クロは少し歳をとって前より動きが少しゆっくりになりましたが、今でもクロと散歩は毎日行っています。私が自信をもてるようになったのはクロのおかげなので、いつもクロには感謝しています。


黄金世代のスケーターたちのその後

日本で男女ともに優秀なフィギュアスケーターが揃っていた黄金世代の選手たちがいました。男子は高橋大輔さん、織田信成さん、小塚崇彦さん、女子は、安藤美姫さん、鈴木明子さん、浅田真央さん、村上佳菜子さん。村上佳菜子さんと同い年の羽生結弦選手だけが現役を続けている状態で、引退した人たちはそれぞれの道を歩み始めています。

今年4月、浅田真央さんの引退が大々的にニュースになり取り上げられましたが、村上佳菜子さんも同時期に引退を発表していました。彼女は真央さんより4つ年下で真央さんの妹のような存在だったと言います。真央さんが一時、ジャンプの修正のため成績不振な時期な時に村上佳菜子さんが勢いがある年で輝かしい成績を収めました。
その後も、ソチオリンピックに出場しましたがオリンピック後は成績が低迷していて22歳での早い引退となりました。
そんな彼女が今度「メレンゲの気持ち」というバラエティ番組のMCを務めることが分かりました。彼女の愛くるしい笑顔と可愛らしい喋り方は誰からも愛されるのではないかと思っています。フィギュアスケートでもスタート位置を間違えたり、ジャンプを跳び間違えたりして常に笑いを起こせる人でした。きっと優しい性格から闘うよりもフィギュアスケートを楽しみたいという気持ちが大きい人だったような気がします。

高橋大輔さんはプロスケーター、舞台やダンスにも挑戦しています。織田信成さんはテレビ番組に出演しつつスケートのコーチとしても活躍。小塚崇彦さんは引退後はトヨタ自動車に勤めていましたがスケートの現場に帰って来てくれました。安藤美姫さんプロスケーター、鈴木明子さんはプロスケーターと振付師とそれぞれ活躍しています。そして浅田真央さんは自分自身の道をゆっくり模索しているように思います。プロになるのか、他の事をするのか、まだはっきり決めかねているようですが何をしてもきっとその道を究めてくれるのでは?と期待しています。


幻の栄光を追いかけた知人

知人男性の話です。高校時代は音楽、中でもギターにはまり勉強も優秀でしたが大学に行かせるお金が家になかったというので就職をしました。ただ就職先というのが大卒が多く知的労働者かつ勝気な実力主義者の集まる金融機関だったので、繊細で優しい彼はその波に飲まれてしまいました。2年ほどで退職した後は手に職をつけようと会計の予備校にいき資格を取ろうとしていました。そこでも優秀な成績を取り、そこの先生などからも一目置かれた存在となったのです。

ただそこで出会った人のなかに開業をして一攫千金を狙わないかという話をしてきて、知人男性は乗りました。開業というのは潤沢な資産と人脈があり、かつハードワークをするタフネスがないと務まらない、成功するには相当な労力と運も必要です。ただ勉強が出来る男性は、開業をしても同じように成功していくだろうという算段ではじめていきました。資産はどこからかというと、彼自身の親からでした。会社を設立してからというものの全く経営が成り立たず、早いうちから火の車に陥り、親からだけではなく、消費者金融にも手を染めていきました。

しかしいくらお金を借りても成功していくのにさまざまな要素が足りない彼らの会社は潰れてしまい多額の借金が残り、若くして多重債務者となってしまいました。彼の家には定期的に消費者金融からの電話や直接自宅に直撃を受け、恐喝をされる事態を複数回繰り返されてしまっていました。その後男性の親は一部は返したものの、三行半を突きつけて、しかも男性は既婚子持ちでしたが当然離婚。手元に借金を残した男性は自己破産の道を選ばざるを得ない状態となってしまいました。


初めて知った「地道な努力」はいつかきっと実を結ぶはず

幼い頃から動物が好きで「自分は将来動物関係の仕事に就くんだ」と信じて疑わず、何の努力もしないで口先だけで言っていました。親にも言っていたので高校卒業後は専門学校に行かせてもらえると思い込んでしまい、いざそのときになって専門学校はおろか大学にも短大にも行かせてもらえず「兄弟たちは行かせたのに何故自分だけ行かせてくれないんだ」と怒りがこみ上げました。あとで聞いた話が「兄弟3人には同じようにお金を使ってきた」と言われ、他の2人は公立高校に短大や専門学校、私だけが私立高校で確かにお金の掛け方で言えば同等だと言えます。けれど今思えば、ろくに勉強もせず成績も1番下かそれより少し上くらいで努力もしないしバイトもしないし悪さばかりしていた私に掛けるお金が無いのは当たり前のことなのです。しっかりした兄弟たちと違って出来損ないの私に掛けたお金は無駄になってしまいます。そのことに気付いたのは社会人になってからでした。三十路手前になった今も結婚もせず実家暮らしな私に両親が何かを期待することはないのです。

家と会社の往復で毎日が過ぎていき熱中するようなこともないので、なんとなく日々が過ぎていくような生活を送っています。貯金することに目覚めたのもつい最近なので貯金額も少なければお給料も少ないです。そんな私が運命を変えるものと出会いました。

1年くらい前にクラウドソーシングを知り興味本位で始めました。最初の頃は気が向いたときにやっていたのですが、今は毎日やっています。学校の成績は悪かったけれど唯一成績がよかったのは国語で、学生時代は詩を書くなど文章を書くのが好きでした。口下手なので文章の中でだけなら自分が生き生きすることができたのです。今は本職で工事で働いているのでクラウドソーシングにかけれる時間はたかがしれていますが、その限られた時間でやるのが楽しいです。1日2時間?3時間くらいしかできませんが、それだけで満足していました。最近は仕事中にもクラウドソーシングのネタを探すようになってネタが見つかって書きたいと思っても仕事中では書くことができないのでもどかしい気持ちになることが増えてきました。イラストの学校を出た後輩が少し前に同じことを言っていて彼女は本格的にイラストの道へ進むため会社を辞める決断をしました。その話を思い出して自分自身に当て嵌めてみると、今の私は文章を書くことが楽しくて仕方ないです。始めたきっかけが興味本位だったとしても、今はそれが楽しくてストレス発散にもなっていてちゃんとしたスキルを身に付けたいとも思うようになりました。確かに小さいころは動物関係の仕事に就きたいと思っていたし今もどこか諦められない部分はあるのですが、「小さいころに抱いた夢を叶えたい」という気持ちだけで本当の夢ではないことに気付いたのです。夢を変えることはものすごく勇気がいるけど新たなことにチャレンジするのはいいことだと思って、今はプロライターとして食べていけるように頑張ろうと思っています。

プロライターと一口に言ってもその幅は広く、本当に自分が書きたいものが何なのか今の時点ではわかっていないのでクラウドソーシングでは「できそう」と思ったものに手当り次第手を付けています。その結果見えてきたのが、美容関係には弱いということです。元々が美容には全く興味がなく「美容ってなんのことを言うの?」というレベルです。自分が最低限行っているスキンケアの話しならできるけれど、興味のないものを勉強するのも苦痛なので私に美容関係は無理だとわかりました。地道ではあるけれど、できるできないを明確にすることで自分が何系のライターに向いてるのかが見えてくるので、まずはそこからやってみることにします。


風邪の症状によっては耳鼻咽喉科が得意分野です

耳鼻咽喉科というと、中耳炎や蓄膿症といった耳や鼻の病気の時にお世話になる診療科だというイメージがありますが、実際には内科や小児科で診察を受ける風邪も症状によっては耳鼻咽喉科の方が有効な事があります。お子さんの場合には症状によっては小児科の方が良いと思われるケースもありますし、医師との相性のようなものがありますので、一概には言えませんが、耳鼻咽喉科の医師は、喉の疾患のスペシャリストでもあります。
喉の状態が悪い場合はもちろんですが、扁桃腺が腫れている時なども内科では目視で確認ができる範囲の診察になりますが、耳鼻咽喉科の場合には咽頭をカメラで確認できる咽頭ファイバーなどの器具を用いる事で内科では確認できない個所まで診察をする事ができます。
扁桃腺の炎症の場合には、悪化をする膿などが周囲にたまる事もありますので、このような時には外科的な処置が必要になりますが、耳鼻咽喉科が専門分野になっています。

鼻の症状の時にも内科よりも耳鼻咽喉科が優れているケースがあります。日頃からアレルギーや風邪になると鼻の症状がひどい場合には、副鼻腔炎や悪化をする事で蓄膿症になる事も考えられます。副鼻腔炎の場合には風邪などの時には更に症状が悪くなる事もありますが、内科で処方される薬を飲むよりも、耳鼻咽喉科での処置を受けてから処方された薬を飲む事で早く症状が緩和される傾向が期待できます。
特に副鼻腔炎の場合には、悪化をして蓄膿症になった場合には、必要に応じて手術をしなくてはならない事もありますし、副鼻腔炎の原因によっては慢性化をしている状態になっていますので、風邪の時にも鼻への症状が強くでる傾向があります。副鼻腔炎の原因がアレルギーなどのであれば、風邪だと思っていたものが、実際にはアレルギーによる鼻水や鼻づまりをはじめとして、症状の悪化でおこる頭痛などの対処に関しても耳鼻咽喉科の方が得意な範囲になります。
風邪と感じた時には、全て耳鼻咽喉科に診察を受けに行けば良いのかと言えば、それはまた違う答えになります。咳がひどい時でも喉よりも肺や気管支に痛みがあるような場合には、内科や呼吸器を専門とする医師に診察を受けるのが良いと思いますし、心臓に疾患があるような方であれば、循環器内科や心臓外科といった専門医が良くなります。また、嘔吐や下痢の症状が激しい時などには、お子さんであれば小児科ですし、成人であれば消化器内科などの医師に診察を受けるのが最も適した診療科目の選択方法になりますので、鼻やのどの症状がひどい場合や、アレルギーなどので鼻の状態が日頃からあまり良くない方の場合には最初の選択肢として耳鼻咽喉科を受診する事が良い選択になります。


ゴールボールというスポーツを体験してきました。

ゴールボールというスポーツをご存知でしょうか。普段スポーツをされる方や詳しい方でも知っている人は少ないかもしれません。なぜならこのゴールボールはパラリンピックの正式種目でもあり、普段の生活のなかであまりめにすることがないスポーツだからかもしれません。まず最初にこのスポーツの簡単な説明からしますと、ゴールボールとは、目隠しをしながら、鈴の入ったボールを相手のゴールに向かって、転がしゴールに入れることができれば得点となるスポーツです。協議をするためのコートはフットサルのような感じをイメージしてもらえればいいかもしれません。選手たちは自陣のゴールの前に立ち、攻めのチームは相手のゴールに向かって、ボールを転がし、守りのチームは転がってくるボールからゴールを守ります。

もともとこのスポーツは視覚障碍者向けのスポーツとして開発されたもので、ルーツとしては第二次世界大戦後の傷痍軍人のリハビリテーションとして考案されたものだと言われています。ヨーロッパでは盛んにおこなわれているのですが、日本ではまだまだマイナーなスポーツであるため知名度は低いのですが、今回のリオパラリンピックでの日本代表の活躍で一気に知名度が高まったようです。私もニュースを見て、少しやってみたくなり、近くの市民体育館でイベントが行われていたので、それに参加してみました。
まず、実際にこのスポーツをやってみた感想なのですが、目隠しをした状態でどこにボールがあるのかを音だけで見分けるのはとても難しいです。
それでなくても何も見えない状態で、動くこと自体にも若干の恐怖がありますし、うまくスムーズに動くことすら私はできませんでした。そう考えると視覚障碍者はこのような恐怖と日夜戦いながら生活をしているのだと改めて思わされましたし、このような状態で高度なプレーを連発しているプロの方々に対してとても尊敬をしてしまいました。普段であれば絶対に出会うことのないスポーツをやることができて本当にいい経験になりました。


やってよかったワキの脱毛

奈良のエステサロンで脱毛を行いました
方法はニードル脱毛です。
ニードル脱毛を今でも行っているサロンは少なくなったようですが、それでも永久脱毛になるということもあって、受ける人はまだいるようです。
キレイな仕上がりとその場ですぐにムダ毛をなくすことが出来るというメリットがあると思います。

今、主流になってきているフラッシュ脱毛の場合には、施術を行ってから自然にムダ毛が抜けるのを待たなければいけません。
いつになったら全て抜けるのか分からないような状況で待たなければいけません。
すぐに効果が出るわけではない、というデメリットがあると思います。

ニードル脱毛であれば、施術前のシェービングを行う必要もありません。
シェービングを行ってくれる脱毛サロンもあれば、自分で事前に行わなければいけないというところもありまう。
剃り残しがあれば、追加料金でサロンでのシェービング処理を行ってもらうことになります。そうすると、コストも結構かかってしまうということがあるでしょう。
トータル的に思った以上のコストがかかってしまった、ということが考えられます。

ニードル脱毛にはそのようなことはありません。
しかし1本1本脱毛をしていくので時間がかかりますし、最初は施術の際に痛みも伴います。出来るだけ痛みを感じないように冷却を行ってくれるなどの対処はしてくれますが、それでも最初は痛いと感じるでしょう。
段々慣れてくるので、痛みも平気になってくるという人は多いです。

コスト面ではニードル脱毛が最も高いとされているようです。
サロンによっても違ってくると思いますが、1本当たりの単価で施術を受けることになるので、ムダ毛が多い人はどうしても高額になってしまいます。
昔はフラッシュ脱毛がなく、ニードル脱毛だけだったのでかなりコストもかかり、ローンを組んで対応をするという人も多かったです。

お金も時間もかかりましたが、ワキ脱毛をニードル脱毛で行って良かったと思います。
ワキのお肌のデコボコも解消させることができましたし、黒ずみも気にならなくなりました。自己処理を繰り返しているとどうしても黒ずみは出来てしまうのだそうです。
その黒ずみも脱毛をすることによって解消させることができました。

施術後かなりの年月が経過をしていますが、今ではお手入れなしでもキレイな状態を維持できているので、エステサロンで脱毛を行って本当に良かったと思っていますし、自慢できるワキになって嬉しいです。
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